【インタビュー】幻想Storageの舞台裏:草の根的コミュニティの挑戦と発展 後編

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幻想Storageとは

幻想Storageとは、東方アレンジを手掛けるクリエイターが集まり、自身が制作した東方アレンジ楽曲を配信する非公式コミュニティだ。2020年に発足された。2023年12月現在、投稿された動画数は700本を超え、チャンネル登録者数は5000人を突破した。今月には、東方我楽多叢誌によるインタビューも公開された。読み応えのある内容なので、ぜひこちらもチェックしていただきたい。

幻想Storage加入者募集のご案内|幻想Storage
本プロジェクトの目的 このプロジェクトを始めたきっかけは、あなた方が知っているような大きな同人サークルに参加していない小さい同人サークル、あるいは個人で活動しているようなクリエイターが日の目を見れるようにしたいと考えたことでした。 何分、名前が知れている実力者や活動力のある大きいところと違い、YouTubeでチャン...
幻想Storage-Touhou Arrangement Channel-
『東方Project』の二次創作クリエイター“東方アレンジャー”を萃め、新作/過去作問わず自身が制作した東方アレンジ楽曲を配信していくチャンネルです。 ジャンルの境界を越え、楽園の素敵なアレンジたちを幻想Strorageへ格納していきます。 幻想Storageで楽曲配信をしたい方は下記フォームより加入申請の程よろしく...

このコミュニティの主宰者であり、またサークル「dat file records」でも多くの楽曲制作を手がけている餅屋氏に、発足の理由や今後の展開についてじっくりと話を訊かせていただいた。

インタビュー前編は、幻想Storage発足の理由と東方同人音楽流通について伺った。

【インタビュー】幻想Storageの舞台裏:草の根的コミュニティの挑戦と発展 前編
幻想Storageとは幻想Storageとは、東方アレンジを手掛けるクリエイターが集まり、自身が制作した東方アレンジ楽曲を配信する非公式コミュニティだ。2020年に発足された。2023年12月現在、投稿された動画数は700...

インタビュー 後編:幻想Storageの与えた影響と今後について

メンバー:餅屋氏(幻想Storage、dat file records:主宰)
インタビュアー:東方アレンジだいすきクラブ

幻想Storageの強み

餅屋:結局のところ、幻想Storageができた理由でもあるんですが、我々はあくまで非営利団体として、ファン活動の一環として活動しています。YouTubeチャンネルを通じて、僕らの目の届く範囲であれば、楽曲の新旧に限らず、国境を越えて、タッチポイントを増やせる。様々なジャンルが存在し、日々新しいアレンジがチャンネルに投稿され、それを聴いてくれたリスナーさんがこのジャンル、このアレンジャーさん、このサークル面白いな、やばいなっていうのを新たに発見することができるのです。

餅屋:僕らも新曲ばかり投稿しているわけではない。昔作った曲を改めて動画として公開することもあります。これにより、過去の作品を再評価し、再び紹介することが可能です。知らなかったら、もう皆さんにとっては新曲ですよ。

──「この旧譜、持ってなければ新譜です」という理論ですね。

餅屋:でも実際そうじゃないですか。知らなかったら、リスナーにとっては新曲です。新しく発見できたジャンルや音源なのです。毎日、このレコードショップには新しいレコードが入荷されますよという感じで、リスナーはショップに聴きに行くことができ、そのショップから購入することもできます。動画のリンク先から購入することもできるので、一石二鳥の形になっているのではないかと思います。誰にとってもウィンウィンな形になっていると考えています。

──はい、ありがとうございます。確かに定期的な投稿は大切ですね。いつ見に行っても新しい動画がアップされているというと、訪れる契機になりますし、素晴らしい取り組みだなと感じます。

東方アレンジファンの反応

──立ち上げ後の経過やイベントでの効果についてお訊きしたかったのですが、すでに東方我楽多叢誌さんのインタビューの中で詳しく触れられていましたので、ここではリスナーとサークルの反応について訊かせていただけますか?

餅屋:賛否両論といったら聞こえがいいですよ。歓迎の声が多数を占めてはいなかったかなと記憶しています。まず一つは公式と勘違いされていたことです。逆に、無断転載チャンネルだと思われているケースもありました。

──そういう反応があったんですか。

餅屋:2020年頃には、東方我楽多叢誌や東方ステーションなど、様々な試みが行われていたと思います。その中で、我々が登場したことが、公式が東方アレンジもコントロールするようになったとの誤解を招いたこともありました。東方同人音楽流通が広まった後であり、当時は「こいつらは公式の人間が関与しているに違いない」という声も結構ありました。

──そのあたりは知らなかったです。

餅屋:今でも探せばいくつか出てくると思います。そういうのはめちゃくちゃありました。何だったらお気持ちをわざわざメールで送られたこともありました。

餅屋:もちろん、歓迎される声も多くありました。「こういうのができたんだ、面白そうだ」という意見ですね。当時は1日に1回の投稿を3ヶ月ほど続けていました。多くの加入者がおり、1日1本でないと追いつかないほどだったからです。日々の投稿を楽しみにしてくれる方も多く、BGMとして使用されているとの声も寄せられました。これまではボーカルアレンジしか聴いていなかったがインストも良いね、といったコメントや、オーケストラアレンジ、EDM、クラブミュージックなど新しいジャンルに触れるきっかけになったとの意見もありました。様々な反応が寄せられましたね。

──確かに、今までの好みとは異なるジャンルに触れる良いきっかけになりますね。

餅屋:その通りです。そういった声も多くいただいたので、それが新たな刺激となりました。コメントはあまり多くなかったですが、日本人はコメントをあまり書かない傾向があるので(笑)。

餅屋:いいねボタンが押されたり、何かしらのリアクションがあったので、初期の話題性はかなり高かったと思います。これがリスナー側の反応ですね。

サークル側の反応

餅屋:幻想Storageの加入案内のnoteがあります。ここには、我々が考える東方アレンジの範囲について詳しく記載されています。例えば、東方再翻訳の定義に関する部分など、物議を醸した部分もありました。

餅屋:そして、演奏してみた系についても触れています。これはあくまでパフォーマンスの域であり、アレンジとしては一旦扱わないというスタンスです。特定の動画を指すわけではありませんが、たとえば水着でピアノを弾いている動画などは、東方アレンジが主体ではなく、そういうパフォーマンスが主体であると考えました。ただし、こういった演奏してみた系でもCDや他の媒体で全く同じものが聴ける場合は、自作のアレンジとして扱うことにしています。即興やアドリブが多いようなパフォーマンス性の高いものなら、自身のチャンネルで行ってもらうことにしました。

──一定の線引きは必要ですね。確かにその点は気になっていました。わざわざ明記するということは、それに関する問い合わせや加入希望が何件かあったということなのでしょうか。

餅屋:そうですね。我々は楽曲で勝負してもらいたいと考えています。パフォーマンスではなく、あくまで楽曲に焦点を当てています。線引きをすることで、幻想Storageが楽曲一本で勝負していることが伝われば良いと思っています。

──コンセプトが明確になるので、正しい判断だったと思います。

餅屋:また、いくつかの知り合いのサークルさんに声をかけましたが、「入るべき理由がない」という意見も結構ありました。自分のYouTubeチャンネルでも動画を公開できるから、特に加入する理由はないという意見です。我々はチャンネルの強化を通じて複数の人が複数のコンテンツを提供し、様々なサークルに恩恵をもたらすことを目指していましたが、一部の人たちはここに特別な理由がないと感じたようです。正直なところ、それは理解できる意見です。自分の裁量でコントロールできるならば、それが良いとも言えます。ただし、よほど大きなチャンネルでないと探しにくいのも事実です。

──最初におっしゃっていた話と繋がりますね。

餅屋:YouTubeはあくまでチャンネルという一つの枠組みとして、人気のあるものを推していくようなシステムです。自分主導でアプローチできなければ、どんなに頑張っても競り勝つことは難しいですね。

餅屋:もちろん、一曲がバズればチャンスはあるかもしれません。しかし、そんなことができるのは限られた才能であり、だったら我々のようなアプローチの方が確実に聴いてもらえるのではないかという一縷の望みがありました。3年間やらせてもらって、その結果が実を結んできた形です。当時の「メリットないよね」という意見に対して、どうやら意趣返しできたのかな、と(笑)。

──確かに、そういった直接的な言葉を受けるのは大変だったでしょうが、今やチャンネル登録者数が増え、確かな存在としての地位を築けたことは素晴らしい成果ですね。

餅屋:実際、幻想Storageで存在を知って、即売会で購入しに来る人もかなりいらっしゃいます。東方我楽多叢誌のインタビューでも触れられていたと思いますが、幻想Storage専用のポップを作成しました。印刷してサークルの横に置いておき、これを目印にして買いに行くことができるようにしました。どこかで見たことがあるアイコンだと思ったら「幻想Storage」だった。ポップを見て、試聴を聴いてみて「あぁ、この人か」と思うことが結構あるとか。

──イベント会場では目を引く仕掛けですね。これがきっかけでサークルに足を運ぶ人が増えるのは確かでしょう。

餅屋:知らない人であっても、これは何だろう?こんなことやっているのか、という幻想Storage自体の宣伝にもなる副次的な効果があります。参加サークルさんをサポートし、同時に我々のチャンネルも宣伝できる手段でした。これが功を奏して、実際に幻想Storageで聴いてみて良いと思ったから買いに来たという人も結構いらっしゃいました。これはでかいことになっている、とその時思った具合です(笑)。

──いや、もう十分でかいと思います(笑)。

餅屋:これほどの効果が出るとは思っていなかったんです。発足して1ヶ月弱、急ごしらえでポップを作成して出した段階で、もう買いに来てくれる人がいたんです。こんなに早く効果が出るとは予想していませんでした。リスナー舐めてたわって、内心ビビってましたね。

──ということは、幻想Storageの参加サークルさんからも、かなり良好な感触があったんでしょうか?参加サークルさんの反応やフィードバックはどのようなものでしたか?

餅屋:幻想Storageの動画を見て買いに来た人が結構いるという報告があり、いつもなら完売しないのにもう完売した、とか、その当時でもよく聞かれました。そして、回数を重ねるごとに聴いてくれる人がどんどん増えていくようで、明らかに効果が出ていると感じます。

──やはりそういったフィードバックが出ているんですね。

餅屋:もう一つは、内部での交流ができたという効果です。参加者同士がコラボするようになりました。例えば、元々はインスト専門だったサークルが、内部のコラボによってラップアレンジやボーカルアレンジを手がけるようになったり、元々はロックを制作していたサークルがEDMアレンジにギターを乗せたりといったパターンも見受けられます。コラボや合作がちらほらと起き、後に出る「GENSO Storage Archives」というコンピレーションへの収録に繋がったケースもあります。

──そうなると、まさに一つのコミュニティとして育ってきてますね。そこでの化学反応が、新しい音楽の創造に繋がっているわけですね。

餅屋:そしてさらにもう一つ、所属しているサークルやアレンジャーが、他のアレンジャーの曲をきちんと聴く機会が大幅に増えたということです。幻想Storage開始当初、しばしば「幻想Storageの楽曲にはクオリティのムラがあるよね」という意見が寄せられていました。当然のことながら、幻想Storageは趣味でアレンジしている人たちが集まっている場であり、そのためにクオリティのムラがあって当然と僕は考えています。しかし、耳の肥えた東方アレンジリスナーからは、これが問題視されることもありました。内部でアーカイブする際には、希望者がいれば、できる範囲で拙いながらアドバイスや公評を提供しています。参加している方々の中には、初めはまだまだ伸びしろのある方もいらっしゃいました。ミックスバランスがおかしかったり、音楽を聴き慣れている方なら「うーん」と感じるような点もありましたが、彼らは幻想Storageを通じてさまざまなジャンルに触れ、作風を試行錯誤し、内部でのアドバイスによってどんどんレベルアップしていきました。このようなプロセスが重なり、クオリティがどんどん上がっていく様子が見られたんですよ。

──それは素晴らしいことですね。まさに作品の底上げがなされたという感じですね。

餅屋:我々日本人は感想を言わない傾向が強く、tipsやナレッジの公開もあまりないもので、どうしても自己研究になりがちなんです。一人の戦いになってしまう。そのため、発表や再発信の場ができたことでクオリティが向上したという、予想外の効果が現れたんです。これは思いがけない展開でした。

──まさに予想外の効果があったんですね。

餅屋:そうですね。本来、我々は互助組織ではないはずです。noteでもはっきりとそう表明しています。「助け合う仲ではないよ」と。同盟関係だというスタンスを明確にしているはずなんですが、結果的にそうした副次効果が生まれてしまったのは、非常に面白いポイントですね。

──互助会ではないとはっきり明記されているにもかかわらず、こうした形で副次的に生まれる効果は非常に興味深い現象だと思います。

餅屋:あくまで楽曲をお預かりして配信するだけで、後の宣伝はご自身で行ってもらうということが規約にも書かれています。YouTubeでできる範囲内であれば、例えば無断転載の通報や違反申告など、一部は我々が対応できますが、それ以上の宣伝活動などは我々も手が出せないため、基本的にはご自身にお願いしているんです。結果として、そんなことを言わなくても良いくらいのことが、自然発生的に行われるようになっていて(笑)。

──それは本当に思いがけない結果でしたね。

東方アレンジ界の現状と、幻想Storageの今後の展望

──東方アレンジ界の現状と、幻想Storageの今後の展望について、お訊かせください。

餅屋:まず、現状を考えると、東方アレンジの業界全体がいずれ尻すぼみの状態にくると感じています。一線で活躍されている方には失礼な話だと思いますが、誤解を恐れずに言うのであれば、東方アレンジが一過性のブームとなって、それが少しずつ消化されていくことが怖いと思っているんです。大手サークルは宣伝が上手で、曲作りやアレンジ、ボーカルなど、あらゆる面でプロフェッショナルなアイドル的存在です。しかし、それができない僕たちは注目されにくい傾向があります。これが続くと、再び誰もが注目しない状況に戻るのではないかと心配しています。実際、2015年から2020年までの期間で既にそのような経験をしています。僕たちは注目を浴びられない状況を経験しているのです。ただ、恐れているだけでは状況は好転しない。これまで支えてくれたリスナーもいますし、ここでこれを言うことは彼らに対して申し訳ないと思いますが、それでもなお、自分たちの出来ることから始めて戦うしかない。信頼してついてきてくれた人たちを、しっかりバックアップしていく。それが幻想Storageの目標です。チャンネルの強度を高め、見向きもされないところから無視できない存在してやろうというところです。

餅屋:僕らが変えていきたいと考えているのは二つ。一つは先にも述べたように海外からの間口がない、国内で鎖国しているような状況です。海外のアレンジャーがまだ日本では浸透していない。僕らでなんとか出会っていけたらいいなと思っています。二つ目は、あまり日の目を見ないアレンジャーやサークルの楽曲を再発掘・再発信して作る側・聴く側に選択肢をもっと増やす。本当に東方アレンジが好きでやっている人たちをもっと多く巻き込めるような環境であったら、さらに面白くなると思います。僕らを見つけてもらえるような環境づくりをしていければなと思います。

──将来展望としては、海外に向けてもっと展開していくことを目標とされているのですね。

餅屋:リスナー単位では今も海外から多くの方が聴きに来てくださっています。英語圏や中国語圏、ロシア語圏など、海外からのコメントも寄せられています。我々もまだまだ課題が多く、解決しなければならない事もたくさんあるのですが、次はそういう海外のアレンジャーも巻き込む方法を整備していかないといけないと思っています。

──ありがとうございます。海外も視野に、コミュニティを大きくしていくことが目標なんですね。

幻想Storageからのメッセージ

──東方アレンジサークルへのメッセージをお願いします。

餅屋:月並みな言葉なんですけども、様々なアレンジャーや楽曲を探しています。上手い下手は特に気にしていません。本当に大切なのは、アレンジに対する情熱や愛情です。作りながらもなかなか注目されない、活動の場がなくなってしまった、またはこれから新たな楽曲を発表していきたいと思っている方々。いろいろな悩みを抱える人がいると思うのですが、一度騙されたと思ってうちを覗きに来てください。参加してみてください。いろいろ手続きは必要ですが、あなたの楽曲を大切にお預かりし、広く発信出来る機会を作れるかと思います。僕らの仲間に加わってみませんか?

──最後に、東方アレンジだいすきクラブを読んでくださっている東方アレンジファンにも一言いただけますか。

餅屋:リスナーの皆さんに言わせてもらうと、音楽だったら何でも聴くぜ、という方も多いと思います。そういう方々に向けて、何でも聴ける場所を用意しました。どうか、我々の楽曲を楽しんでください。あなたのお気に入りを見つけて、ぜひ自慢してください。「こんなやべぇ曲知ってるぜ!」ってTwitterでもどこでも。あなたが自慢してくれることで、僕らは次の曲を作れます。感想がないことは僕たちも寂しく、作る活力が無くなるものです。ぜひ聴いていただいて、コメントを付けていただけると嬉しいですね。

お前らの自慢コメント、待ってるぜ。

──素晴らしい締めくくりとなりました。それでは、本日はありがとうございました。

餅屋:こちらこそ、ありがとうございました。