幻想Storageとは
幻想Storageとは、東方アレンジを手掛けるクリエイターが集まり、自身が制作した東方アレンジ楽曲を配信する非公式コミュニティだ。2020年に発足された。2023年12月現在、投稿された動画数は700本を超え、チャンネル登録者数は5000人を突破した。今月には、東方我楽多叢誌によるインタビューも公開された。読み応えのある内容なので、ぜひこちらもチェックしていただきたい。
このコミュニティの主宰者であり、またサークル「dat file records」でも多くの楽曲制作を手がけている餅屋氏に、発足の理由や今後の展開についてじっくりと話を訊かせていただいた。
インタビュー 前編:幻想Storage発足の理由と東方同人音楽流通について
メンバー:餅屋氏(幻想Storage、dat file records:主宰)
インタビュアー:東方アレンジだいすきクラブ
幻想Storage立ち上げのヒントは海外のEDMシーン
──まず、発足の理由や立ち上げの経緯について、詳しくお訊きできればと思います。
餅屋氏(以下、敬称略):まずは、簡単に幻想Storageの活動について説明します。端的に言いますと、東方アレンジの楽曲を配信するチャンネルなんです。アレンジャー自身の楽曲を我々がお預かりし、チャンネル上で配信しています。約3日に1曲のペースで作品の新旧を問わずアレンジが配信され、1年間で約100〜200本の楽曲が登場します。この活動を通じて、皆さんの東方アレンジのディグリ(掘る)に役に立てればというコンセプトで、YouTubeチャンネルを非営利で運営しております。
──アップロードされる動画はある程度拝見させていただいていましたが、この1年だけで100本以上もあったんですね。
餅屋:3日に1日なので、単純計算でそうですよね。
──たしかにそうでした(笑)。
餅屋:(笑)
餅屋:これを3年間続けて、現在では動画数は約700本を超え、チャンネル登録者数と再生回数も着実に増加しています。
──ありがとうございます。なぜこのようなチャンネルを立ち上げようと思ったのか、その背後にあるストーリーがあれば教えていただけますか?
餅屋:まず第一に、楽曲を聴いてもらうタッチポイント(機会)を増やすというのが大きな理由でした。
餅屋:2011年から2012年ごろ、僕が活動していたサークルが、まぁざっくりいうと音楽性の違いから解散してしまったんですね。元々は文章系のサークルで、僕はSS書きで、もう一人が絵描きでした。僕はDJ出身で、クラブミュージック系に興味がありましたが、ロック系をやりたいというメンバーと方向性の違いが生じたんです。
──餅屋さんのサークル「dat file records」の前身、「脱兎屋」の話ですね。
餅屋:そうです。2008年、高校2〜3年生の頃にアニソンなどのサブカルチャー系DJから始め、そのきっかけで東方アレンジを始めました。その頃はニコニコ動画が全盛でしたね。
──確かに。
餅屋:ニコニコ動画には東方自作アレンジのタグがあり、東方のカテゴリーに自分たちが作った曲を投稿していました。その当時は、1本動画をアップするだけですぐに数百再生、数千再生という数字が付いていきました。ニコニコ全盛期は、基本的に多くの人が東方アレンジを聴いてくれる時代でした。
──当時、ニコニコ動画上でも東方Projectは一大ジャンルでしたね。
餅屋:面白い時期でした。初音ミクの「みくみくにしてあげる」の隣には、東方アレンジである「えーりん」もランクインしていたりして、東方を知らない人でも東方アレンジを楽しんでいました。ボカロ好きでありながら東方アレンジを知っている人もいましたし、タグを経由して聴きに来る人もいました。
餅屋:また、ニコニコ動画上で流行った曲をカラオケで歌うオフ会などもありました。そういった場で、東方アレンジを聴いてもらう機会や話す機会もあったため、タッチポイントが意外と多かったんです。
餅屋:東方我楽多叢誌のインタビューでも話しましたが、Nsenというものがありました。東方のチャンネルもあったんですが、そこで自分の楽曲を宣伝できたんです。こういった環境があったことで、何かを出せば見てもらえるという感覚がありました。
Nsenとは
Nsenは、ニコニコ動画でかつて提供されていた、ユーザーが作るラジオ番組のようなもの。動画をリクエストすることが可能で、抽選によって動画がストリーミング配信された。他のユーザーがオススメする動画を手軽に視聴できると同時に、自分の動画も広く紹介することができた。
──当時、露出機会が多かったのは、ニコニコ動画によるものが大きかったんですね。
餅屋:そうですね。それもあって、決して有名ではない僕のサークルでも、拙いながらもCDを100枚作ればそれが全てイベントで売れていた時期がありました。しかし、それが2015年あたりからだんだんと聴かれなくなってきてしまったんですね。
餅屋:衰退って言い方は、あまり好きじゃないんですが、ニコニコ動画が流行らなくなってきたと感じました。周りのサークルさんも含めて、再生数が目に見えて少なくなってしまったことがわかりました。
──餅屋さんのサークルで出されたCDも、目に見える形で変化が現れていたんでしょうか?
餅屋:手焼きでも100枚ぐらいは減少しました。プレスCDを作るサークルに聞いてみると、もっと辛い状況があるようでしたね。2010年から2012年頃だったら、おまけに紙袋とかクリアファイルとか作る余裕もあったりしたらしいですが、おまけがあってもCDが売れなかったりで、東方アレンジはちょっと厳しい時期だったと周りでは言われていました。
──それは大きな変化ですね。
餅屋:その後、2017年にはNsenもサービス終了し、宣伝の手段がますます限られてきました。その頃には「艦これ」が流行ったこともあって、東方Project自体が注目を集めにくくなり、状況はだいぶ厳しくなっていったと記憶しています。
餅屋:また、ニコニコ動画自体の人気に陰りが見え始めると、YouTubeが台頭してきました。YouTubeで今、東方アレンジを検索すると、ビートまりおさんや幽閉サテライトさんなど皆さんがよく知る大手サークルの楽曲が上位に表示されますよね。これはYouTubeや他のメディアで地道に活動してきた当然の結果であり、名誉なことだと考えます。
餅屋:しかし、次に表示されるのは無断転載の動画です。特に東方アレンジが販売されていない地域の人々は、無断転載の動画で聴くことが多いようです。アレンジャーがアップロードした動画が、1日か2日後には無断転載としてアップされることもあり、転載された動画の再生数の方が何千回、何万回も上回ることすらあります。自分で投稿した曲より、どこかの誰かが始めた無断転載で上げられた自分の楽曲の方が再生数伸びてるんですよ。ウケるでしょ?
──確かにそうですね。
餅屋:ようやくその次に、我々アレンジャーや小さなサークルの動画が再生数10や100といった小さな数字で検索結果に現れると思います。これは非常に厳しい状況です。我々には高い壁が立ちはだかっているように感じます。
餅屋:この難しい状況を乗り越えるために、様々なサークルやアレンジャーが一つのチャンネルを共有し、その強度を高めていくというアイデアが生まれました。YouTubeではタグやジャンルよりもチャンネルの大きさが重要であると感じられます。その証明になっているのは無断転載しているチャンネルの存在です。このあたりはあまり明るくないもので、システム的に誤っていたら申し訳ないのですが、動きを見ているとどうもそれっぽいなと勘づきました。だったらもう東方アレンジを専門とするチャンネルを作ってしまって、そこからタッチポイントを増やしてしまった方が効果的なのではないか、というのが一番の大きな理由ですね。
──それがだいたい2020年頃ですね。
餅屋:そうですね。そして僕自身、よく海外の楽曲を聴いて集めているのですが、そこでよく見聞きする海外EDMレーベルのチャンネル(UKF、Bass Portal、Monstercatなど)では、アーティストやコンポーザーが1日2日ごとに新しい楽曲を配信していました。
──なるほど。
餅屋:これにより、ダブステップ、ドラムンベース、ガラージ、最先端のEDMジャンル、ハウスミュージックなど、最新の音楽ジャンルを知る機会が広がりました。海外では「こういう曲が流行っているよ」「今が旬の曲だぜ」といった情報が盛んに共有されているんです。そこから各レーベルの楽曲が販売されているサイトにアクセスするという、すごいタッチポイントの生成器なんです。
餅屋:この流れから着想を得て、東方アレンジでも同じことをやったら面白いんじゃないかと考えました。当時はコロナ禍でイベントが中止になり、BOOTHのダウンロード販売が一時的に制限された時期でもありました。うまくいかなければ東方アレンジから撤退しようかとも思っていましたが、どうせなら派手にやろうと呼びかけたのが「幻想Storage」の始まりですね。
──ありがとうございます、立ち上げの経緯がよくわかりました。
東方同人音楽流通のスタートについて
──その頃、餅屋さんのサークルの作品はBOOTHで販売されていたと思いますが。
餅屋:当時だとメロンブックスとアキバホビーでCDの委託がありましたが、デジタルはBOOTHだけでした。
──東方同人音楽流通から、案内が来たりしましたか。
餅屋:ありましたね。でも先にTwitterで知りました。「BOOTHでの販布ができなくなります」という発表があり、当時は大きな騒ぎになりました。
──本当に大きな出来事でしたね。
餅屋:メールも発表の数時間後ぐらいに来ていました。当時、僕もかなり血気盛んでしたから、公開質問状を投げたりして、やらかしてましたけども(笑)。
──ああ、そうでしたね(笑)。
餅屋:BOOTHのダウンロード販売ができなくなったことは影響が大きかったです。本当に急に来たものですから。しかし、僕も東方同人音楽流通には参加しているんですよ。曲は出していませんが。
──東方同人音楽流通との契約は持たれているんですね。
餅屋:はい、一応中に入ってどういうところか見ています。
──そうだったんですね。
餅屋:これはちょっとフェアじゃないなって思うところが何点かあったので、2020年以降は東方アレンジのダウンロード販売は行っていないです。
──確か、餅屋さんの東方アレンジ楽曲でサブスクリプションサービスでの配信や東方同人音楽流通経由で出されているものはなかったですよね。
餅屋:そうです。
餅屋:その頃は、東方同人音楽流通にサークルが殺到していたんです。BOOTHからの経由であれば参加できますが、それ以外は一見さんお断りみたいなことが書いてありました。
──参加できるのは大手だけとも取れるような書き方をしていたと記憶しています。
餅屋:それはフェアじゃないよねって話になるじゃないですか。
──そうですね。もう少し詳しくお訊かせいただけますか?
餅屋:あくまで僕個人の見解であり、幻想Storageの見解ではありません。なんだったら、憶測で話す内容です。
東方同人音楽流通のより良い発展のために
餅屋:この時期はYouTubeにおいて大量の無断転載が流行っていた時期でした。特に、僕たちの楽曲とpixivから拾ってきたような絵を組み合わせた動画が、再生回数1万2万といった数字を記録することもあり、大きな問題になっていました。これは憶測ではありますが、JASRACやNexToneのような権利管理団体が東方アレンジ界にも必要となり、二次創作の権利を保護しようという理念から、東方同人音楽流通が発足したと思われます。これ自体は良いことだと考えます。また、この時期は音楽ゲームや東方アレンジが再注目され、ZUNさんとの連絡口が必要だったというのも、発足理由だったんじゃないかなと思います。
──そうですね。
餅屋:ただ、この取り組みがやや強引ではないかと思います。始まりの段階でも急に導入されましたし、その告知が不十分だった可能性もあります。急に販売制限が発生し、売る際に手数料がかかるようになったことも疑問です。原曲使用料はもちろん理解しますが、これは思いのほか、僕の好きな「同人」じゃないなと思ったんです。
餅屋:この流れが新規サークルを排除する方向に向かってしまったことも懸念点です。こういうと大手がどうのって話になってしまうように見えて自分としても本意ではありませんが、今でも新規サークルの受け入れが紹介制になっていることは、東方同人音楽流通の周囲や大手サークルの権益を守るための動きに見えてしまっている。おそらく、東方同人音楽流通の代表の方もそれは本意ではないでしょうし意図していなかったと思いますが、結果的にそうなっているように見えるのは非常に損だと思います。
餅屋:ダウンロード販売にしても、好きだからこそやっているものであり、それをガチガチに制限されると同人とは言えなくなるのではないでしょうか。ビジネスライクでも問題ありませんが、新規を排除してまでそれを行うべきか、権利を守るために門戸を狭める行為は妥当なのか、という点がまず一つ、フェアでないと思います。
──それはおっしゃる通りだと思います。
餅屋:当初は買い切りのみで、サブスクリプションサービスやSpotifyのような無料の聴き放題サービスに対しては慎重な姿勢だったはずですが、結局はこれも東方同人音楽流通の一環として取り扱われました。2021年にBOOTHでのダウンロード販売が再開されるなど、当初の説明と異なる動きにより、混乱を招きました。SpotifyやiTunesに登録するにしても、東方同人音楽流通を経由しなければなりません。サークルの立場が弱くなり、参入障壁になってしまっている。
──方針の変更や説明不足も問題点ですね。
餅屋:もう一つ指摘したいことがあります。楽曲の新規配信には時間がかかり、修正も非常に遅いという課題があります。まがりなりにも新作をシーズンごとに発表しているジャンルです。春夏秋冬とファッションのように、シーズンごとに作品を提供しています。手が回らないということは理解できますが、これはかなり致命的な問題ではないでしょうか。
──確か、配信のタイミングは年に4回でしたね。そこに対して修正依頼などを出しても、すぐに対応されないというような話ですかね。
餅屋:何にしても対応が遅いという話も聞こえてきます。東方同人音楽流通で出すよりも、自分たちで全部やった方が早いのではないかという意見もちょくちょく耳にします。
餅屋:三つ目は、これは東方同人音楽流通の問題というよりも、そもそも上海アリス幻樂団のガイドラインが時代に適していないという話かもしれません。海外のサークルやアレンジャーが、日本国内のサービスであるBOOTHを利用するのは高いハードルがあります。海外サークルは、中国、台湾、アメリカなどに存在しており、本邦に負けず劣らず素晴らしい楽曲を制作しています。そういった海外サークルの間では、Bandcampを通じて頒布したいという意見をよく耳にします。しかし、これは上海アリス幻樂団の定めるガイドラインに抵触するんです。ファン活動であるにもかかわらず、国ごとに壁を作ることは望ましくないのではないでしょうか。例えば、東方我楽多叢誌や東方ステーションでも、Bandcampの作品が無料頒布であれば紹介できるが、有償であればガイドラインに抵触するために紹介できないといった状況が考えられます。これではフェアじゃない。
Bandcampとは
Bandcampは2008年に立ち上げられた音楽のダウンロード販売、配信サービスだ。このプラットフォームでは、様々なジャンルの音楽を無料で聴くことができ、気に入った楽曲はそのまま購入することもできる。日本ではあまり普及していないが、音楽配信における販売手数料が他のサービスに比べて割安であるため、インディーズ・プロを問わず世界中のアーティストに広く利用されている。
──なるほど。確かに、その視点を見落としていました。現在では、中国や韓国など、海外にも多くのサークルが存在していることを考えると、その点は重要ですね。
餅屋:実際、来日して例大祭や紅楼夢に参加している海外のサークルも結構います。また、海外の東方アレンジを紹介しているレビュアーもいくつか存在しています。かにパルサーさんや気持ちさんなどがその一例です。
──かにパルサーさんも気持ちさんも、レビューの中で「東方アレンジだいすきクラブ」に触れてくださっていましたね(笑)。
餅屋:(笑)
餅屋:また、チケ蔵さんなど、国内の楽曲を主にレビューされている方たちもいますが、海外の作品に目を向けた際、このガイドライン、あるいは東方同人音楽流通が障壁となることが避けられません。これがファン活動や同人活動として本当にフェアなのか、それは疑問点が残ります。
餅屋:もちろん、様々な事情があって現在のようなガイドラインになっていることは重々承知しています。しかし、今はSteamや角川のコミックウォーカーなど、世界中から東方のゲームや書籍などを手に入れることができる時代です。一方で音楽にはこのような制約があります。少し厳しすぎるのではないかと感じることもありますね。
──それはものすごく納得がいきました。ちょっとハッとさせられましたね。
餅屋:我々はあくまで同人活動やファン活動を行っているつもりなんです。好きだからこそ活動しているのに、国境線を設けてしまうのは果たして健全なファン活動と言えるのでしょうか。これはガイドラインへの批判ではありません。必要なガイドラインであり、こうなっている理由も理解できます。ただ、この三つに関しては個人的には首をかしげざるを得ない状況だと考えています。抱えている問題点は相当大きいと思っています。
餅屋:誤解しないで頂きたいのは、公式や東方同人音楽流通自体を目の敵にしているわけではありません。ただ、現状としてこのような問題があると提起させて頂ければ、より良い発展につながると信じております。
──ありがとうございます。確かにその通りですね。事情があるとは推察しますが、ガイドラインがそもそも時代に合っていない可能性はあるかもしれません。改定が必要な時代に差し掛かっているのかもしれませんね。
餅屋:もう20年以上になるんですかね。例大祭も、もう20回開催されています。商業的にも二次創作的にも、ここまで露出が多く盛り上がっているジャンルですので、見直す必要がある時期に来ているのだと考えています。実際、僕のサークルがダウンロード頒布を行わない理由はこの三つから来てるんですよ。
──それは納得できますね。契約は結んでいるのに、リリースされないというのはそういった理念があるからなんですね。
餅屋:はい。状況が変わればその限りじゃないですが、きっとやらないことでしょう。
──他の配信アグリゲーターと比べて、配信手続きも少し煩雑だと聞きます。
餅屋:事情は理解していますし、人手不足というのもよくある話です。ただ、東方アレンジを一挙に背負ってるんだったら、そのあたりも含めて改善の余地はあるかなというのが個人的な感想ですね。
──ありがとうございます。やはり、間口を広げるということが大切なのかな、という印象を受けますね。
餅屋:その通りです。市場は開かれるべきでしょう。
以上がインタビュー前編となる。後編は、幻想Storageの与えた影響と今後について訊かせていただいた。記事公開は1月6日予定。