「ハルトマンの妖怪少女」ボーカルアレンジ厳選まとめ Vol.6
「ハルトマンの妖怪少女」ボーカルアレンジ厳選まとめVol.6では、豚乙女の楽曲「ない。」をご紹介したい。豚乙女が描き出す独自の世界観で、古明地こいしの内面を映し出す一曲。その魅力をじっくりと紐解いていきたい。
ない。
豚乙女は2009年に結成された同人音楽サークル。公式の説明によれば、「飲み仲間であった4生物」が、何か面白いことをしたいという思いから活動を開始したそうだ。ニコニコ動画への投稿から活動をスタートし、2010年にはファーストアルバム「東方回転木馬」をリリース。以降、コミケや例大祭などのイベントに参加し続けている。2016年にはメジャーデビューを果たしているが、現在も東方アレンジをリリースし続けている。2020年にはパプリカ氏がグループを卒業したものの、3人での活動は継続中となっている。
「ない。」は、2012年にリリースされたアルバム「実は繊細な貴女とたまに勇敢な私のなんだか騒いでるって話。」が初出となる「ハルトマンの妖怪少女」のボーカルアレンジ楽曲。コンプ氏によるアレンジと作詞、ランコ氏の歌唱によって生み出されたこの曲は、2018年のアルバム「大貧民」にも「大貧民ver.」として収録されたほか、東方アレンジをまとめてリマスタリングを施した2014年のベスト盤「豚BEST2 18キロカロリー」にも収録されている。
初出バージョンは、ハンドクラップとバスのリズムから始まり、独特なシンセサウンドに展開していく。間奏部分ではシンセサイザーのノイジーに歪んだ音が印象に残り、全体的にどこかダークでやや不気味な印象が特徴的だ。バンドサウンドが前面に出るサビや、ギターソロの盛り上がりとアコースティックギターが使用される静かな落ちサビとの対比など、多彩な展開が聴き手を飽きさせない構成となっている。
2018年のアルバム「大貧民」に収録された「大貧民ver.」は、曲名も異なる通りオリジナルとは全くの別物となっている。重く歪んだギターサウンドが特徴で、BPMは170から176へと上がり、スピード感が増した。サビのリズムもダブルビートへと変更されている。1小節に2つのパターンで構成されるこのビートは、走りたくなるような疾走感をもたらす効果がある。BPMの上昇と合わせて、数値以上にテンポが上がったように感じさせられる。
「ない。」の歌詞を考察してみたい。この楽曲が収録された「実は繊細な貴女とたまに勇敢な私のなんだか騒いでるって話。」は、霊夢と魔理沙をテーマとした、いわゆる「レイマリ」の曲を集めたものだ。このアルバムには、「ない。」以外にも、霊夢と魔理沙と直接的には関係のない原曲が含まれているが、それでも歌詞からは霊夢と魔理沙の姿が比較的わかりやすく描かれている。
しかし、この楽曲は古明地こいしのモチーフが強く反映されている。曲名通り、「ない」という言葉が歌詞で繰り返され、こいしの「無意識を操る程度の能力」が強調されており、全体的な歌詞に目を向けても、こいしの孤独や虚無を表現しているように見える。「瞳を閉じた私」というフレーズからも、閉ざされた「サードアイ」の視点から、こいしを歌っていることが示唆される。アルバムの他の収録曲と比べると、「レイマリ」の要素は一見薄く見え、考察を難しくしている。この楽曲は、古明地こいしを一つのモチーフにしつつ、「こいし」と「サードアイ」の関係を「霊夢」と「魔理沙」の関係に重ね合わせ、霊夢と魔理沙の言葉では表現しきれない絆と友情を、こいしとサードアイというメタファーを通じて表現したのかもしれない。
「ない。」は、「レイマリ」として考察することができると同時に、「こいし」の内面を表現した曲として楽しむこともできる、一風変わった楽曲だ。バージョン違いを聴き比べてみても、その違いがまた面白い。豚乙女が持つ哲学や感性を存分に感じることができる作品であるといえよう。
クレジット表記
作曲:ZUN
アレンジ:コンプ
作詞:コンプ
歌唱:ランコ