感動のメロディと心揺さぶる歌詞でこいしを歌う、アナザーエゴ

この記事は約5分で読めます。

「ハルトマンの妖怪少女」ボーカルアレンジ厳選まとめ Vol.5

東方Projectの世界から生まれる音楽は、その深い世界観と共に、数多くのアーティストやサークルによって愛され、創作され続けている。その中でも、個性豊かなボーカルアレンジ曲は、キャラクターの魅力やバックストーリーの奥深さを、原作とはまた違ったアプローチで表現する存在として注目されている。

今回は、「ハルトマンの妖怪少女」ボーカルアレンジ厳選まとめ Vol.5の一曲として、Liz Triangleの楽曲「アナザーエゴ」をご紹介したい。この楽曲は、感動的なメロディと心揺さぶる歌詞が織りなす、古明地こいしの複雑な感情を美しい音楽に昇華させた逸品だ。筆者のお気に入り楽曲、「アナザーエゴ」の魅力に迫ってみたい。

アナザーエゴ

Liz Triangleの楽曲「アナザーエゴ」は、2016年に頒布されたアルバム「シンソウダイバー」に収録されている。2022年には、Liz Triangleの人気楽曲を集めたベスト盤「STARTER LIZ TRIANGLE BEST」にも収録。その翌年、公式によれば「ありそうでなかった」とされる、森羅万象とLiz Triangleの初めてのコラボレーションとなる「シンラトライアングル」にも収録された。さらに、そのほぼ同時期に頒布された、「White -Piano & Vocal Album-」にも収録されている。この作品は、ピアノソロにアレンジしたボーカル楽曲をまとめたアルバムだ。このように、何度も取り上げられていることからも、「アナザーエゴ」の人気ぶりがうかがえる。

この楽曲は、「ハルトマンの妖怪少女」を原曲としているが、単にそのメロディに歌詞をつけただけのものではない。こいしの内面に深く迫り、こいしの複雑な世界観を歌い上げている。その歌詞はこいしの内面を細かく描写し、その歌声はまるでこいしの心情に寄り添うかのように聴こえる。

「アナザーエゴ」の作詞はazuki氏、アレンジはkaztora氏が手がけた。初出となる「シンソウダイバー」に収録されたバージョンでは、ボーカルはlily-an氏が担当。「シンラトライアングル」に収録されたバージョンは、楽曲自体は同じものだが、あよ氏によるカバーとなっている。lily-an氏と、あよ氏による歌唱は、それぞれどちらも別の魅力があるのだが、前者はまっすぐと伸びのある透き通ったような歌声で、後者は包み込まれるように柔らかく可愛らしい歌声と言ったところだろうか。ピアノソロバージョンはlily-an氏による歌唱だが、アコースティックな雰囲気に合わせて再録されており、よく聴くと細かい歌唱ニュアンスが異なっていることがわかる。是非聴き比べてみていただきたい。

Liz Triangleは、繊細で感情豊かな楽曲を生み出すことで知られているが、この「アナザーエゴ」も例外ではない。こいしの孤独や寂しさといった感情をピアノやギター、オルガンなどを用いて切なげで儚げに表現している。それでいて、どこか前向きな気持ちにさせてくれるような、オシャレでエモいポップサウンドが特徴だ。

この曲では、Aメロから敢えて原曲のサビを使用し、原曲の要素を求めるリスナーには期待通りの印象を与えつつも、Aメロ自体は大胆にアレンジされており、「もう少しの原曲要素」を期待させる演出がある。そして、Bメロ移ると、ついに原曲のイントロフレーズが登場し、その瞬間にリスナーは期待を満たされたという満足感を得られるのだ。しかしその直後には、予想外の展開が待っている。サビでオリジナルのフレーズが歌われることで驚きと新鮮さを与え、この意外性のある展開は、曲全体に深い印象を残すのだ。この美しい構成とサビのフレーズ自体が個人的にかなり好みであり、kaztora氏の見事なアレンジセンスを感じてしまう。

azuki氏による歌詞は、こいしの生きざまを悲しくも美しく表現している。「小石」「空」「凛」「悟り」といった歌詞のフレーズは、古明地姉妹の屋敷である地霊殿の住人を表現している。こいしは、無意識の力で人々の心を読み取ることができるが、その代償として第三の目を閉じたことから、意図せず心をも閉ざし、自分の存在や感情が誰にも気づかれなくなってしまった。「遠くへ投げた小石 見えなくなった」という歌詞は、こいしの存在感の希薄さや孤独感を表しており、こいしの姿が遠くに投げられた小石のように、やがて見えなくなってしまうことを示している。

姉のさとりも、そんなこいしの心だけは読むことができず、いつも心配していたそうだ。そこで姉のさとりから、こいしと遊ぶための専属のペットが与えられ、そのおかげで少しずつだが、こいしも変わり始めるといったシーンが、東方地霊殿「キャラ設定.txt」にて語られている。

「アナザーエゴ」では、その設定を深掘りし、こいしが日常的に感じている孤独や寂しさ、そして周りから愛されていたことに気づき始めている様子が歌われている。「全てを彩る 慈愛の空も 打てば響く 凛とした音も」という歌詞では、さとりから与えられたペットである霊烏路空と火焔猫燐を「慈愛の空」「凛とした音」というメタファーで表現している。こいしは、自分の心を閉ざしたことで、愛することや愛されることを忘れてしまっていたが、さとりやお空、お燐との交流を通じて、こいしは自分が愛されていることに気付き始める。こいしの内面の葛藤や成長が、この歌詞を通して感じられるのだ。そう考えると、切ないが前向きなメッセージを持った素晴らしい楽曲といえよう。

この曲は、古明地こいしを歌った曲だが、キャラクター名を直接的ではなくメタファーとして表現していることや、オリジナルな要素を多く盛り込んでいることから、東方Projectのファンだけでなく、幅広いリスナーにとって楽しめる楽曲となっている。また、楽曲単体で聴いてもハイレベルなポップ楽曲として仕立て上げられている点も魅力的だ。誰もが、前向きな気持ちになれる楽曲だろう。